プロローグ
午後3時12分。
荻原CEOは、机に向かって作業をしていた。
文章を一行直したところで、机の右側が光った気がした。
スマートフォンを見る。
通知はない。
画面を伏せ、作業へ戻る。
三十秒後。
また、何か届いた気がした。
スマートフォンを見る。
やはり、通知はなかった。
荻原CEO:「……気のせいか」
外界では、ただ二回確認しただけだった。
しかし脳内では、受信部が緊急体制へ移行していた。
登場人物紹介

荻原CEO
外界で作業を続ける本体。
通知が来ていないと分かっていても、何か届いた気がすると、ついスマートフォンを確認してしまう。

荻原司令官
脳内司令室の最高指揮官。
外界の小さな異変を緊急事態として受け取り、参謀と脳内細胞たちを招集する。

理橋
論理・構造・神経回路分析を担当する参謀。
実際に届いた通知と、届くかもしれないという予測信号を冷静に切り分ける。

占部
モノ、空気、場所の気配、少し先の未来まで聞こえたり見えたりする不思議な実況役。
今回は、スマートフォンや通知欄の声と、数分後に起きる確認行動を受信する。

小波
強欲・損得・換金担当。
通知がゼロ件でも、確認に使った数秒を立派な時間損失として計算する。

天然寺
身体と暮らしを自然な方法で整える、完全オーガニックケア担当。
今回は、スマートフォンを視界から離し、作業環境そのものを整えようとする。

日和
バグや混乱を、壮大な芸術や生命の美しさとして受け止める感性担当。
通知のない黒い画面にも、静寂と余白の美を見つけますわ……♡

ゲスト細胞・Pipin(ピピン)
通知、新着情報、変化への即時反応を担当する脳内細胞。
本物の通知だけでなく、「そろそろ何か届くかもしれない」という気配にも反応する。
見逃しを防ごうとするあまり、何も届いていない時ほど受信部を忙しくさせてしまう。
脳内司令室
ピコン。
ピコン。
ピコン。
荻原司令官:「総員、緊急招集だ! 受信部が三回連続で反応している! 理橋、確認しろ!」
理橋:「実際に届いた通知は、ゼロ件です」
荻原司令官:「では、今の三回は何だ!」
理橋:「通知が届く可能性に反応した、予測信号です」
小波:「ゼロ件で三回も確認したの? 時間だけ取られてるじゃない!」
荻原司令官:「小波、損失計算はあとだ!」
小波:「あとじゃないわよ! 一回五秒でも、積み上げたら立派な赤字でしょ!」
中央モニターに、通知担当のPipinが映った。
Pipin:「新着情報が来るかもしれません!」
荻原司令官:「来たのか?」
Pipin:「まだ来ていません!」
小波:「来てないものを確認して、何の利益があるのよ!」
Pipin:「見逃したら困ると思ったんです!」
理橋:「正式な通知が届けば、端末から信号が送られます」
Pipin:「でも、一瞬でも早く気づきたいんです!」
小波:「一瞬早く見ても、売上は増えないわよ!」
荻原司令官:「小波、全部を売上で判断するな!」
占部が見た未来
占部が静かに目を閉じた。
占部:「……聞こえます、聞こえます……」
荻原司令官:「何が聞こえる?」
占部:「スマートフォンの黒い画面が言っています……。『私は何も隠していない』と……」
小波:「じゃあ開くだけ無駄じゃない!」
占部:「さらに聞こえます……。通知欄の空白が、『本日の業務は終了しました』と……」
理橋:「通知欄に業務終了という概念はありません」
占部:「しかし、空白には空白の意思があります……」
荻原司令官:「空白へ人格を持たせるな!」
占部が、少し先を見るように顔を上げた。
占部:「見えます……、見えます……。三分後の未来が……」
小波:「また確認するんでしょ?」
占部:「荻原CEOが文章を二文字入力したあと、再びスマートフォンを裏返します……」
理橋:「発生確率は高いです」
小波:「また五秒損するじゃない!」
占部:「さらに見えます……。通知がないことを確認し、安心して画面を閉じます……」
荻原司令官:「それで終わるのか?」
占部:「いいえ……。『本当に何もなかったのか』という新しい疑問が生まれます……」
小波:「ゼロ件の通知が、確認作業だけ増殖させてる!」
机から離す作戦
天然寺が、外界の机を映すモニターを見つめた。
天然寺:「スマートフォンが、ずっと視界に入っていますね」
理橋:「作業画面の右側、手の届く位置にあります」
天然寺:「それなら、少し離れた棚へ移しましょう。必要な通知なら、音や振動で分かります」
Pipin:「遠くに置いたら、反応が遅れます!」
小波:「確認するために立たないといけないなら、無駄な確認は減るわ!」
荻原司令官:「今回は小波の損得計算を採用する!」
小波:「最初からそうしなさいよ!」
占部:「さらに聞こえます……。棚の上の空きスペースが、『こちらは受け入れ可能です』と……」
理橋:「空きスペースは確認できます」
小波:「家賃もかからないし、そこへ置けばいいじゃない!」
荻原司令官:「棚の一角にまで採算性を求めるな!」
日和は、通知のない黒い画面を見つめていた。
日和:「ああ……誰からも呼ばれていない、完全な静寂……。今という時間を、自分だけのものとして与えられた奇跡ですわ……♡」
小波:「余白は売れないわよ!」
日和:「余白があるからこそ、価値あるものが輝くのですわ……♡」
小波:「……それ、商品ページには使えるわね」
荻原司令官:「そこで意気投合するな!」
外界の結末
荻原司令官:「方針を決定する! スマートフォンを机から離し、正式な通知が来るまで確認を停止する!」
理橋:「Pipinの受信条件を、予測信号から正式信号へ変更します」
Pipin:「……正式な信号が来るまで待機します」
占部:「見えます……、見えます……。二十秒後の未来が……」
荻原司令官:「報告しろ!」
占部:「荻原CEOの手が、スマートフォンへ伸びます……」
小波:「止めなさい!」
占部:「しかし、途中で向きを変えます……。その手は、温かい飲み物へ伸びています……」
天然寺:「それなら、そのままでよさそうですね」
日和:「黒い小箱と指先の間に、美しい距離が生まれましたわ……♡」
荻原司令官:「理橋、変更を確定しろ!」
外界。
荻原CEOはスマートフォンへ伸ばしかけた手を止めた。
通知が届けば、その時に分かる。
何もない画面を、何度も確認する必要はない。
スマートフォンを少し離れた棚へ移し、作業へ戻った。
荻原CEO:「通知が来たら、その時に見ればいいか」
脳内司令室の警報が止まった。
小波:「これで無駄な確認時間を回収できるわ!」
占部:「……聞こえます、聞こえます……。棚の上のスマートフォンが、『ようやく静かに待てます』と……」
天然寺:「机の上も、少し落ち着きましたね」
日和:「何も届かない静寂も、ひとつの贈り物ですわ……♡」
荻原司令官:「よし、これにて脳内会議、終了だ!」
今回の小さな結論
通知が来ていないのに何度も確認してしまう時は、スマートフォンを視界や手の届く場所から少し離してみる。
本当に届いた時だけ確認する。
今回は、それだけで小さく整った。
免責事項
本作品は、日常の小さな現象や脳内の反応を、キャラクター会議として描いたフィクションです。
作中に登場する脳内細胞の名称、役割、脳内機能の表現は、物語として分かりやすく楽しめるように構成したものであり、医学的・心理学的な診断や専門的な説明を目的としたものではありません。
